編集長コラム 
vol.05: 立場なんて関係ない―ある派遣技術者の人間的なこだわり  2003年11月22日(金)

 派遣技術社員・森田亨さん(31歳)。京都に本社のある株式会社ジェイ・エス・エルという、急成長中の技術派遣会社に所属するエンジニアです。“誰かのために頑張れる力”。森田さんから話を伺って、本当に深く考えさせられました。

 ジェイ・エス・エルは技術者への教育として、テクニカルスキルだけでなく、ヒューマンスキル向上にも熱心な会社として有名です。これからの時代、働き方としてますます重要になっていくであろう派遣技術者。森田さんは技術系会社を2社経験した後、現在の会社に移りました。自分が携わりたい職種のために、別のソフトハウスの内定を蹴って、この派遣技術者の道を選びました。それは5年前のことです。

 今となっては状況はかなり違ってきていますが、当時「派遣技術者」を受け入れる企業は、“派遣技術者は与えた仕事だけをキッチリとやればいい”という姿勢が露骨だったそうです。仕事に対する説明や指示以外はほとんどコミュニケーションなし。重要な課題があっても、派遣技術者にはまったく相談もなかったのです。

 人とのつながり、豊かなコミュニケーションを生み出す「人の和」こそが、この上ない大きなパワーをもたらす――。人が生きる上で基本的なことを、森田さんはこれまでの経験から身をもって知り得ていました。しかし受け入れ先企業の人々は、派遣技術者を人と思わず、与えられた仕事をこなすだけの、ただの機械のように扱っていたのです。森田さんの屈辱感は、想像を絶するものがあったと思います。

 しかし森田さんは、その二つの立場の人たちのために、みずからが現状を改善しようと決意したのです。
 一つは自分と同じ派遣技術者のために。「自分が感じたこの屈辱は、ほかの派遣技術者も感じているはず。自分ががんばることで、派遣技術者に対する見方が変われば・・・」。そんな同じ立場としての思いがありました。そしてもう一つは、派遣先企業の社員のために。「自社のやり方だけにこだわらず、様々な会社を経験する派遣技術者のノウハウをもっと活用すべき」という、仕事の現場で感じた思い。そして「どんな立場であろうとも、同じことに携わる人間同士、互いの気持ちを知っている方が楽しいはず」、そんな一人間としての思いが、彼の勇気を奮い立たせたのです。
 
 これまで取材した中で、森田さんはもっとも寡黙なタイプの方でした。しかしその彼が、正社員や他の派遣技術者の白い視線を感じながらも、とにかくチャンスさえあれば、満面の笑顔で派遣先の社員の人々語りかけ続けていました。たゆまぬ努力を地道に続けた結果、ある日森田さんは、現場の責任者から仕事の進め方について相談を持ち込まれたのです。彼の努力がようやく実を結んだ瞬間でした。
 派遣の勤務終了日に森田さんは、多くの社員の方から惜別の声をかけられたと聞きます。そして今でもその方々とは、お付き合いが続いているそうです。 

 働くこと。そこにはやはり人間どうしの「心の通い合い」を避けて通れません。それぞれの立場にあるそれぞれの思い。しかしそれはコミュニケーションすることからしか分かり合えません。今の職場、新しい職場での“決してコミュニケーションをあきらめない姿勢”こそが、お互いの幸せな働き方を作っていく礎かと思うのです。

 100人に100通りの「働き方」。バブル崩壊後に社会に出た今の30歳は、自分で自分の「働き方」を決める「新しい時代のトップランナー」です。そしてどんな「働き方」を決断しようとも、最終的に決して後悔をすることのない唯一の観点があります。
 「あなたが頑張って働くことは、自分以外の誰のためですか?」
 家族のため、職場の仲間のため、自分を信頼してくれる人のため、お客様のため、地域のため、社会のため…。迷い少なく働いている30歳は、みんなこの観点が明確です。
 このコラムでは、取材などで出会った方々から学んだこと、気づいたことを、そんな観点から説明していきたいと思います。

★編集長:宮崎 健(ミヤザキ タケシ)

 NPOワーカーズ・オープンコミュニティ・エイド(WOOCA)代表
1962年生まれ。株式会社リクルートに16年間勤務。数百社の採用・研修・CI・広報・イベント企画と、メディアの企画立案・組織オペレーション、働く人のモチベーション研究などに携わる。2002年6月独立し、現在に至る。
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編集長へのメールはmiyazaki@kyoto30.comまで。
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