編集長コラム 
vol.12: さあ、貴乃花、これからだ。  2003年1月27日(月)

 貴乃花が引退しました。実は、貴乃花も30歳です。人生の本番はこれからです。

 中学卒業の15歳で部屋に入り15年間、横綱・千代の富士に体当たりの相撲で引退を決断させたあの取り組みから始まって、小泉首相の「感動した!」で有名なあの武蔵丸戦まで、われわれ国民に多くの感動を与え続けてくれました。

 そしてここ数年は、父親・母親・兄たちが繰り広げる醜聞や連続休場への批判など、精神的に相当な苦しい状態に追い込まれました。
 
 しかしなぜこの数年を、貴乃花は頑張り続けられたのでしょうか。致命的な傷を負いながら7場所連続休場までして引退しなかったのは、業界として「若貴ブーム」に胡座をかき伝統的体質から脱却を求めなかったこともあげられますが、相撲人気がかつての勢いをなくした今、貴乃花は一人その責任を背負い、「頑張らねば」と思うに至ったからではないかと思うのです。

 相撲に興味をもつ若い世代がどんどん減っていく中で、ただひとりの日本人横綱、日本人でただひとりの客を呼べる力士として、「相撲協会を自分が支えたい」「相撲というものの本当の面白さを、自分が伝えていきたい」 そんな気持ちが彼を支えていたのでしょう。あるいは、バラバラになってしまった家族に対して、自分が頑張ることで少しでも明るいニュースを届けたい、そんな気持ちもあったのではないのでしょうか。
 
 でなければ、すでに歴代の力士の中でもきわめて高い成績を残してしまった人が、家族の醜聞にも、連続休場への批判にも、いっさい言い訳や泣き言を言わず、黙々と稽古を続けられるはずはありません。
 
 この引退を受けて兄である花田勝さんは、「いろいろな経験をして二人で言い合うこともあったが、貴乃花の言葉が僕を最後まで頑張らせてくれた。その意味も込めてありがとうと伝えたい。兄から見ても大変誇りに思う男です」と、涙ながらにコメントしています。

 詳しくは分かりませんが、花田さんは引退後に「お兄ちゃん」人気でマスコミ界に引っ張り込まれ、結果的にはスキャンダル等をもとに身を持ち崩したと聞きます。そんなお兄ちゃんは残念ながら、人生で幸せにしなければならない最小の単位である「家族」まで、不幸にしてしまっている感があるように思うのです。

 貴乃花は、こんな「誰かのために頑張り続けられる」力を、すでに証明しました。だから私は、これからの30歳以降の人生の本番も、貴乃花ならしっかりと乗り切っていけるように思っています。

 100人に100通りの「働き方」。バブル崩壊後に社会に出た今の30歳は、自分で自分の「働き方」を決める「新しい時代のトップランナー」です。そしてどんな「働き方」を決断しようとも、最終的に決して後悔をすることのない唯一の観点があります。
 「あなたが頑張って働くことは、自分以外の誰のためですか?」
 家族のため、職場の仲間のため、自分を信頼してくれる人のため、お客様のため、地域のため、社会のため…。迷い少なく働いている30歳は、みんなこの観点が明確です。
 このコラムでは、取材などで出会った方々から学んだこと、気づいたことを、そんな観点から説明していきたいと思います。

★編集長:宮崎 健(ミヤザキ タケシ)

 NPOワーカーズ・オープンコミュニティ・エイド(WOOCA)代表
1962年生まれ。株式会社リクルートに16年間勤務。数百社の採用・研修・CI・広報・イベント企画と、メディアの企画立案・組織オペレーション、働く人のモチベーション研究などに携わる。2002年6月独立し、現在に至る。
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編集長へのメールはmiyazaki@kyoto30.comまで。
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