編集長コラム 
vol.26: 「私だって苦しいんだ」 その気持ちを乗り越えろ 2003年7月14日(月)

 「名もなき、働く30歳」の取材活動を再開させました。メルマガ&サイト「京都の30歳!」では、これまでの不定期掲載をやめて、毎週この「名もなき、働く30歳」の物語をひとりずつお届けしていきます。
 それにともなってこのコラムでも、30歳の方々への取材活動を通じて感じた「働き続けられる力」についてのご報告を中心に執筆していきたいと思います。

 7/9(水)掲載のサン・アクト株式会社の北村さん(31歳)からは、とても大切なことを学びました。
 おじいさまの代からの医師の家庭で育ち、ご両親ともお医者様。しかし、「医者こそ人を助ける最高の仕事で、この天職のためには家庭が犠牲になるのは仕方ない」という考えは家庭を少しずつ壊していき、北村さんの努力もむなしく、ついにご両親は別居されるまでに至りました。
 ある朝、北村さんは、一人寂しく暮らすお母様から「晩ご飯食べよう」と電話で誘われたのですが、大学受験の浪人中で気分もすぐれず、「いつも会ってるんだから」とその誘いを断りました。その日の夕方、お母様は急性の心筋梗塞で他界されてしまうのです。

 北村さんは、中学生のときにキリスト教の洗礼を受けるなど、それまでも「自分のできることで、少しでも誰かの役立てば…」と思って常に行動をしてこられていました。しかしこの一件で、「いままでは苦しい思いをしている人をサポートしながらも、『気持ちはわかるけど、俺も今しんどいねん』という思いがあったことに気づいたんです」とおっしゃられました。「人の弱さ」というものを本当の意味で知りました、と。

 その後の北村さんの生き方は、「たとえ自分が苦しくても、自分が関わった人に、自分にできることの最大限を考えて」行動してこられた歴史になります。その行動が多くの出会いを生んでいきます。いまは、環境保護を事業とするベンチャー企業の経営者を朝から深夜までサポートし、目の回るような忙しさの中でも家族との対話にシッカリと時間を費やす日々を送られています。

 「私だって苦しいんだ」。私も含めほとんどの人がこんな気持ちを強く持っているのではないでしょうか? その気持ちを乗り越えて、どこまで「自分に何かできることはないか?」と考えて動けているでしょうか? 誰かの役に立とうとすることは本来、こういうことの連続なのかもしれません。
 つらい体験を語ってくださった北村さんに心からお礼を申し上げるとともに、本当に大切なことを学ばせていただいたと思っています。

 100人に100通りの「働き方」。バブル崩壊後に社会に出た今の30歳は、自分で自分の「働き方」を決める「新しい時代のトップランナー」です。そしてどんな「働き方」を決断しようとも、最終的に決して後悔をすることのない唯一の観点があります。
 「あなたが頑張って働くことは、自分以外の誰のためですか?」
 家族のため、職場の仲間のため、自分を信頼してくれる人のため、お客様のため、地域のため、社会のため…。迷い少なく働いている30歳は、みんなこの観点が明確です。
 このコラムでは、取材などで出会った方々から学んだこと、気づいたことを、そんな観点から説明していきたいと思います。

★編集長:宮崎 健(ミヤザキ タケシ)

 NPOワーカーズ・オープンコミュニティ・エイド(WOOCA)代表
1962年生まれ。株式会社リクルートに16年間勤務。数百社の採用・研修・CI・広報・イベント企画と、メディアの企画立案・組織オペレーション、働く人のモチベーション研究などに携わる。2002年6月独立し、現在に至る。
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編集長へのメールはmiyazaki@kyoto30.comまで。
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