編集長コラム 
vol.38: 「好きなこと」を仕事にする義務はない 2003年12月9日(火)

 大学生やフリーターなどの方々にお話を聞くと、「好きな分野の仕事の求人がない」「やりたい仕事にどうすれば就けるのかがわからない」という声をときおり聞きます。また「自分がやりたいこと自体が見えない」ということも耳にします。
 8月26日にサイトに掲載した鵜匠見習いの澤木万理子さん(29歳)は、「好きなことをしなければならない」というプレッシャーから、少し遠回りをして今の自分らしい働き方を見つけ出されました。

 
澤木さんは高校のときに油絵に夢中になります。そして大好きだった船の仕事に就いてイキイキと働く父親から、進学先などを決める際にいつもその目的を聞かれて、好きなことを仕事に「しなければならない」というように感じてしまいます。短大や就職も美術関係の道を選びますが、人間関係やほかの理由でどうも集中できません。
 気持ちを切り替えて小さな会社でOL生活を満喫し、結婚後に派遣社員として働いていくなかでようやく、幼いころに獣医になりたかったこと、美術短大に通っていたときに嵐山で鵜飼いを見て、生まれ変わったら鵜匠になりたいと思ったことを思い出します。そして世襲制ではない宇治川の鵜飼いを見つけ出し、求人も何もない中で思い切って門をたたきました。

 なんとか認められて入った鵜匠の世界でも楽しいことばかりではありません。しかしそれまでの社会人生活経験、派遣社員や主婦としての時間などとのバランスが、好きなことをコツコツと続けることを可能にして行き、つい先ごろ宇治川観光協会の嘱託職員として「好きなこと」を中心に収入を得られる道を手に入れます。

 
少し話は飛躍してしまいますがこの取材を通じて、心理学者マズローの「人間の欲求段階説」というものを思い出しました。人間には、生理的欲求、安全の欲求、親和の欲求、自我の欲求、自己実現の欲求があり、たとえば生理的欲求が満たされれば安全を求めるようになり、それも満たされれば親和の欲求が生まれてきて、最終的に自己実現を求めるようになる、というものです。
 「好きなこと」を仕事にすることは、自己実現と言い換えても過言ではないでしょう。自己実現を成し遂げられる人なんて、実はほんの一握りなのではないでしょうか? そしてそれは「MUST」(しなければならないこと)ではありません。人は「WANT」(やりたいこと)をやっているときはとてつもないパワーを発揮しますが、それがひとたび「MUST」に転換されてしまうと、なにか苦しい心持ちになります。

 
人には自己実現以外にも多くの欲求があります。「これが私がやりたいこと」と思い込んでいるものは、本当にほかの欲求まで押さえ込んでまでやりたいことなのか? フリーターの方の中には、生理的欲求や安全の欲求などと自己実現の欲求の両方を追いかけてしまって、それが「MUST」になってしまい苦しい思いをしている方が多いのかも知れない、そんなとても重要なことを気づかせてくれた取材・物語でした。




 100人に100通りの「働き方」。バブル崩壊後に社会に出た今の30歳は、自分で自分の「働き方」を決める「新しい時代のトップランナー」です。そしてどんな「働き方」を決断しようとも、最終的に決して後悔をすることのない唯一の観点があります。
 「あなたが頑張って働くことは、自分以外の誰のためですか?」
 家族のため、職場の仲間のため、自分を信頼してくれる人のため、お客様のため、地域のため、社会のため…。迷い少なく働いている30歳は、みんなこの観点が明確です。
 このコラムでは、取材などで出会った方々から学んだこと、気づいたことを、そんな観点から説明していきたいと思います。

★編集長:宮崎 健(ミヤザキ タケシ)

 NPOワーカーズ・オープンコミュニティ・エイド(WOOCA)代表
1962年生まれ。株式会社リクルートに16年間勤務。数百社の採用・研修・CI・広報・イベント企画と、メディアの企画立案・組織オペレーション、働く人のモチベーション研究などに携わる。2002年6月独立し、現在に至る。
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編集長へのメールはmiyazaki@kyoto30.comまで。
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