編集長コラム 
vol.60: 「現実の壁」にひるんでも目はそらさない 2004年7月20日(火)

 何かの新しい行動を起こしたときには、予想にもしていなかった「現実の壁」を常にぶつかります。とくに高い理想や大きな成功を目指していると、現実に自分の進む道に立ちはだかる「小さな壁」くらいは難なく乗り越えられないと、あせりがあせりを呼び、絶望感や苦しみに繋がっていくことになります。
 その現実の壁から目をそらして、別の方向を目指すこともひとつの方法だとも思いますが、それには少なからず挫折感が伴います。「壁があって当たり前」「壁にひるんで当たり前」と置いて、それがなかなか乗り越えられない間の苦痛を覚悟してコツコツと前に進むことで、自分に自信を積み重ねていくことの重要性を実感したのが、和詩倶楽部の田中秀典さん(32歳)の取材でした。
http://www.kyoto30.com/30tanakah_f.html

 
田中さんは、子ども時代から豊臣秀吉などの立志伝を読みあさり、「僕は苦労を次々と乗り越えて誰からも認められる偉大な人になる人間なんだ」と思っていたそうです。和紙加工品商社を創業した父親の苦労や楽しそうな姿を常に見ながら、「僕ならもっとうまくやれる」とも思い、高校のときに足に骨肉腫を患っても「これも偉大な人になっていくためのエピソード」と捉え、短大卒業後に大きな期待を胸に父親の会社に入社します。

 ところが、父親からあえて与えられた仕事はパートさんと同じ単純作業。大きな屈辱感を覚えますが、実際にはその単純作業もうまくできず、不注意から多くの人に迷惑をかけるようなミスまで連発してしまう。立志伝などでイメージしていた「苦労を克服していく」自分とのイメージギャップに愕然とする日々をデザインなどの専門知識を身につけていくことでなんとか乗り越えます。
 24歳のころには骨肉腫が再発し、入退院を繰り返す日々。入院中にヒマができてしまうと父親が作った会社の跡を継ぐプレッシャーや「跡取り」に対する周囲の目に苛まれ、退院してそれを振り払うように仕事に没頭しても、父親から「こいつはこんなもんですわ」と顧客に話される屈辱。何度も会社を飛び出してしまいたい衝動に駆られても、田中さんはその目の前の壁を乗り越える道を選ばれました。
 
 周囲の人から「早く足を切って楽になれ」と言われても、ギリギリまでその道を選ばなかった田中さん。それは足への未練ではなく、「直る可能性がある限りは頑張りたい」という強い意志でした。
 仕事に関する取り組みも同じ強い意志で決して目の前の壁から目をそらさず、少しずつ少しずつ実力を蓄えて行った10年間。いつしか父親から「お前の代わりがいない」と言ってもらえるまでになったそうです。「楽になることが目的ではないんです」という田中さんの言葉が印象的でした。

 何か大きなものを手に入れようと思ったときに必ず生じる日々の苦痛。しかしその苦痛を回避することで何か別の何かを得られるなら、壁から目をそらすことも一つの道でしょう。
 しかしそのことで短期的に「楽になったり」「開放感を感じて」も、長期的には「逃げた自分」「目をそらした自分」が心に残ってしまわないでしょうか?
 決して立志伝を読むようには短時間では解決していかない「現実の壁」。それを乗り越えるには、決してあせらず、壁にひるんでも目をそらさないことこそ、大切なのだと強く思いました。

 100人に100通りの「働き方」。バブル崩壊後に社会に出た今の30歳は、自分で自分の「働き方」を決める「新しい時代のトップランナー」です。そしてどんな「働き方」を決断しようとも、最終的に決して後悔をすることのない唯一の観点があります。
 「あなたが頑張って働くことは、自分以外の誰のためですか?」
 家族のため、職場の仲間のため、自分を信頼してくれる人のため、お客様のため、地域のため、社会のため…。迷い少なく働いている30歳は、みんなこの観点が明確です。
 このコラムでは、取材などで出会った方々から学んだこと、気づいたことを、そんな観点から説明していきたいと思います。

★編集長:宮崎 健(ミヤザキ タケシ)

 NPOワーカーズ・オープンコミュニティ・エイド(WOOCA)代表
1962年生まれ。株式会社リクルートに16年間勤務。数百社の採用・研修・CI・広報・イベント企画と、メディアの企画立案・組織オペレーション、働く人のモチベーション研究などに携わる。2002年6月独立し、現在に至る。
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編集長へのメールはmiyazaki@kyoto30.comまで。
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