同じ仕事を長年続けていると、成長感が薄れていってマンネリに陥ります。特に30歳前後の、体力も時間も富にあって、まださまざまな可能性を追求して行きたい年齢では、そのマンネリ感は“あせり”につながります。しかし、そこで簡単に環境を変えてしまうよりも、任された業務をしっかりこなしながら、次に向けた小さな「半歩」を踏み出し続けることが大切だ、ということを実感したのが京都産業大学の開原潮さんの物語です。 開原さんは、好奇心が旺盛で、父親の転勤のたびに新しい学校で自分から話し掛けて新しい友人を作って行く子どもでした。中学では吹奏楽部の部長をしながら視聴覚委員会の番組作りに没頭し、高校でも演劇部で激論を重ねる一方で生徒会活動にも熱心に取り組んで、大学ではコンピュータクラブやバイト、ゼミなどそれぞれに役割をこなします。 コンピューターの業務に係われるということで母校の京都産業大学に就職。1万数千人の学生や教職員や、数万人におよぶ受験生に関わるシステムに携わって、仕事の醍醐味を満喫していた3年目のあるとき、「職員で民間企業からヘッドハンティングされた人はいない」と聞かされて、自分の市場価値に不安を感じ始めます。全学の40にも及ぶ部署で利用される物品調達システムを関係各所とコミュニケーションを重ねて作り上げて充実感を得ても、大学という限られた世界の中だけで活動している自分に対するその不安は治まらない。 その後、汎用機に蓄積したシステムをパソコンに移行する膨大な業務を任されて、大好きな開発業務に係われなくなっていきます。毎日のように深夜まで業務に没頭しても、2年の予定の移行作業はなかなか完了のメドは立たず、あせりが募っていく。 そして、4年間の移行作業を完成させたとき、少子化の中での大学経営の最重要案件である学生募集セクションに配属されるのです。大学全体が一体となって取り組まなければならないこの業務に、長期にわたる案件を粘りづよく完成させ、学外との接点で広い視野を持ち、学内でさまざまな部署と関係を築いてきた実績が買われての抜擢でしょう。 大きな一歩を踏み出さざるを得ない時期はいつか必ずやって来る。しかしその手前で多方面でへの半歩」を踏み出しておくことで、その一歩も無理のない一歩になるのではないでしょうか? |
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100人に100通りの「働き方」。バブル崩壊後に社会に出た今の30歳は、自分で自分の「働き方」を決める「新しい時代のトップランナー」です。そしてどんな「働き方」を決断しようとも、最終的に決して後悔をすることのない唯一の観点があります。
★編集長:宮崎 健(ミヤザキ タケシ)NPOワーカーズ・オープンコミュニティ・エイド(WOOCA)代表 1962年生まれ。株式会社リクルートに16年間勤務。数百社の採用・研修・CI・広報・イベント企画と、メディアの企画立案・組織オペレーション、働く人のモチベーション研究などに携わる。2002年6月独立し、現在に至る。 詳しい経歴はこちら 編集長へのメールはmiyazaki@kyoto30.comまで。 |
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