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フリーター時代は「仕事は人生のヒマつぶし!」と
まで開き直った。再びホテル業界に舞い戻るが、 意欲の低いアルバイトたちに本気でぶつかれない。 |
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目的が明確でないことにどう対応していいのかわからない。高校のときに「ホテルマンになる」と決めて専門学校へ。就職したホテルの上司や先輩は仕事の進め方をただ指導するだけ。後輩たちには自分の経験のなかからアドバイスを続けた。5年後に退職。フリーターをしながら自分が「本当にやりたいこと」「力を発揮できること」を探して、ホテル業界に舞い戻った。 平井琢磨さん 32歳 京都市在住 [株式会社琵琶湖ホテル ロビー主任] |
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目的を明確にして取り組みたい。あこがれて入ったホテル業界だったが…。 子どものころから大勢で遊ぶよりも1対1でじっくり話すのが好きだった。父と母は牛乳配達業を営み、休日もなく毎朝暗いうちから働いて3人の子どもを育て上げてくれた。変化の少ない地道なその仕事ぶりを見て、尊敬はしながらも、「自分にはできない」と思った。 中学で始めたバスケット。一生懸命に練習してもせいぜい補欠どまり。ところが顧問の先生が変わると、実力もたいしてあがっていないのに試合に出してもらえた。高校ではバレー部に入部。ボール拾いや筋トレばかり。「そんなものだ」と言われるだけで、その意味を誰も教えてくれない。1年で退部して、人と接することの多い旅館やレストランなどのアルバイトに精を出した。 たまたまテレビドラマで見た黒服のホテルマンの仕事ぶりにあこがれ、将来の仕事と心に決めた。海外での研修制度がある東京のホテル専門学校に進学。国内・海外の多くのホテルを学んだ。就職に際しては、人を育てることに力を入れているという京都の有名ホテルに3次試験免除で内定された。 有名ビジネス雑誌で「顧客から高い評価を受けている」と注目されているホテル。しかしロビー担当として働き始めてみると、楽しそうに働いている先輩があまり見あたらない。仕事には高い誇りをもっていても、職場ではマニュアルに沿った接客を指示されるだけだった。 レストランの座席表の書き方を注意されて、その理由を聞いたが明確に教えてくれない。雪が降るある日にお客様のためにタクシーをつかまえ、予約を入れていたタクシーをキャンセルすると、「信用を失うだろ」と諭された。「大切なお客様を待たせていいんですか?」と投げかけても、真剣な議論にならなかった。 後輩たちに語り続ける日々。いつしか5年の月日が過ぎていた。 一人ひとりは顧客のために精一杯頑張っていても、それを職場で共有して一緒に喜び一緒に成長しようという雰囲気が感じられない。そんな状況を少しでも変えたい。自分の成長を期待できずに「早く辞めたい」ともらす後輩たちに、自分が学んできたことを業務時間を越えて語り続けた。 3年目にやってきた上司も、仕事は抜群にできるが職場に対する考え方は同じだった。出社してロッカーで制服に着替えるときから憂鬱になる毎日。3年でこの仕事が自分に向いているかを見極めるはずが、いつしか5年が過ぎてしまっていた。 退職を申し出ると、あいさつを交わす程度の関係だった副支配人から「今まで5年間ロビーを引っ張ってくれてありがとう」と言われた。真剣に取り組んでいる姿を見てくれていた人がいた。送別会で涙を流してくれる後輩。先に退職した後輩から感謝の手紙も舞い込んだ。 スナックや携帯電話の営業、人力車…。若い大学生に囲まれて様々なアルバイトをしてみた。しかしやりたいことは見つからない。「仕事は人生のヒマつぶしでいいじゃないか」とまで思った。自由なはずが「不自由さ」を感じた2年間の閉ざされた日々。 次のページヘ |
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