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「絶対ビッグになってやる!」。そんなあせりから
東京の超人気メーカーに転職した。たった3日で 失敗に気づき、再起を誓って京都に舞い戻った。 |
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中学生のときから「誰からも認められるビッグな人になってやる!」と自分に言い聞かせていた。15歳のとき、「消費税導入」の報道にいきどおりを感じ税理士を志す。就職した税理士事務所で充実した日々を過ごすが独立へのあせりを感じて退職。東京の超人気メーカーへの転職。そこには単調な仕事と、自分よりはるかに「できる」人たちが待っていた。 今村仁さん 30歳 京都市在住 [今村仁税理士事務所 税理士 所長] |
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テレビニュースで知った消費税導入と天下り問題。15歳で税理士の道を志す。 高い学歴もないのに、ゼロから商売を始めて一家を支えた父。尊敬はするものの「父以上に、社会に影響を与えられる人になりたい」と思っていた。 おしゃべりで仲間とふざけあうことが好きだった小学校時代。ところが、中学に進むと誰も以前のように自分をかまってくれなくなり、寂しさがつのる。「誰からも認められるビッグな人になってやる!」。つねに自分に言い聞かせるようになった。 税務署の税に関する作文のコンクールで佳作に入選し、校長先生から税の大切さを教わる。テレビで「消費税の導入決定」を報じていた。「中小企業いじめやないか」。大手企業の下請けとして頑張る父の姿がダブる。「俺が世の中を変えてやる」。税理士として独立する決意を固めた。 とにかく立派な大学へ行かなあかん。勉強ばかりの生活を始め、自分の殻に閉じこもり家族のだれとも口を聞かなくなる。独立し成功するという将来の夢だけが生き甲斐となった。 京都の有名私立大学の付属高校に進学すると同時に予備校に通う。異性やアイドルに興味をもつこともなく、3年間を有名国立大学の受験勉強のためだけに費やした。だが結果は惨敗。すぐに「大学は税理士になるための単なるステップ」と自分に信じ込ませ、エスカレーター式に大学へ進んだ。 暗い高校生活を取り戻すかのように、大学ではアルバイトや熱気球部のサークル活動を満喫する。各地の熱気球大会で知り合う自営業者の人に「税理士はじいさんばっかりや。若者ならいけるでぇ!」と言われ、ますます自信を深めていった。 税理士事務所で充実した毎日を過ごすが、独立へのあせりを感じ退職する。 卒業後も税理士試験に向けて、大学のときから通っていた簿記の専門学校の自習室にこもり、朝7時〜夜10時まで勉強した。 1年半後、資格取得のメドもたったところで税理士事務所に就職。社会人としての遅れを取り戻したいという思いから、特別な用事がない限りは土日の休みも関係なく出社して勉強した。入社してすぐに任された顧問先から認められていく喜びで毎日がものすごく充実していた。 所長は業界に風穴をあけ、税理士業務の仕組みや構造を全国的に変えていこうとしていた。日頃から「人に役立つ仕事をしろ」と言われていた。経営が苦しくなった顧問先にはこちらから顧問料を下げ、これまでと何ら変わることなく相談に応じるような人だった。使命感にますます火がついた。 ところが3年たったころから、顧問先に指導するだけの仕事に疑問を感じ始める。所長に「企業の経理も勉強したい」と相談するが、「わざわざ勉強せんでもいい」と言われ、それ以上聞けなくなる。 日本中がITバブルで踊っていた27歳のとき、東京で開催された起業フォーラムに参加した。司会は田原総一郎さん、パネラーには、ソフトバンクの孫正義さん、H.I.S.の澤田秀雄さん、PASONAの南部靖之さん。誰もが業界の規制を破り風穴をあけ成功を勝ち取った人たち。熱気があふれかえる会場。「俺もデカイことをしたい。このスキルと経験で、日本一の税理士になったるで」。独立して業界を変えてやるという気持ちがさらに強くなった。 「人間的には所長に勝てない」という気持ち。顧問先から、重要なことは「所長先生に聞いてね」と言われるくやしさ。顧客獲得に欠かせないマーケティングを学ぶことのできないいらだち。辞表を提出した。 次のページヘ |
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