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就職部の先生や上司のやる気のない言葉に反発。
精一杯頑張ってきた。仕事は好きだ。 それでも母のように家庭をしっかり守りたい。 |
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流されるままに学生時代を過ごした西口さんは、大学の就職部の先生に言われたひと言をキッカケに「見返してやりたい!」と動き出す。念願かなってあこがれの会社に就職。今度は上司のうしろ向きな言葉。それでも、従業員やお客様と向き合って精一杯働いた。母親の病気で京都に戻ってから、派遣社員として働く道を選ぶ。そして、結婚を考えるようになった。 西口奈尾美さん 29歳 京都市出身・在住 [株式会社リクルートスタッフィング(中京区)派遣社員] |
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「見返してやりたい」。あこがれの会社からの内定。うれしくて涙がこぼれた。 小学校4年生から高校卒業までの9年間、バドミントンに明け暮れた。高校では、団体戦で毎年インターハイに出場していたもののレギュラーにはなれなかった。「素質はある」と言われ続けてきた。自分が望んでやってきたし、練習もほとんど休まない。それなのに、自分の限界を知るのが怖くて夢中で取り組む気になれなかった。 「国語の教師になってバドミントン部の顧問をしよう」。そう思ってスポーツ推薦で大学に入学したが、第2希望の英文科になってしまった。ウエートレスのアルバイトを経験して「人とかかわる仕事がしたい」と、サービス業に絞って就職活動を始める。 「うちみたいな三流大学で一流の会社に受かるはずないやろ」と言う就職部の先生。「見返してやりたい!」。女性差別の企業の選考に反発しながら、1つの魅力的な大手スーパーを見つける。会社の方針や教育制度、採用担当の方の気配り。他にも数社にアプローチをしていたが、すべてにほれ込んだそのスーパーのスケジュールを最優先させて内定をとった。うれしくて、涙がこぼれる。今までのように流されるのはもうイヤだった。「やったらできるんだ!」。西口さんの大きな自信につながった。 夢をふくらませ入社。上司のやる気のない言葉。それでもめげなかった。 三重に赴任、販売の担当。大学の卒業式前から新店オープン準備に明け暮れる。「頑張れるのは3年までだよ、いずれ僕みたいになるよ」という上司のやる気のない言葉。「わたしはそんなことない!」。とっさに反論した。 パートさんがお客様からの時間外の配達依頼を断ったことがあった。それを知ってすぐさま引き受けてくれる業者を手配した。すべてを見ていたパートさんは泣きながらダンボールを投げつけてきた。「私の立場がないでしょ!」。 主任や課長に相談しても、「ほっとけば?」と笑っているだけ。その日の夜のうちに電話をかけて、「あなたを差し置いてやってしまったのは申し訳ありませんでした。でもお客様のことを考えたら間違ったことはしていないと思っています」という正直な気持ちを伝えた。翌日出勤すると、パートさんの方からあいさつをしてくれた。まっすぐにぶつかったからこその反応。うれしかった。 1年半後に歴史の長い店へ異動、「教育主任」となる。長年勤務している従業員を指導しなければならない。あるとき、お客様から食品レジの対応が悪いと苦情を受ける。興奮するその声を聞いていると、申し訳なくて涙が出た。 前任者は仕事の出来る人。前の店には「教育主任」がいなかったので、どう指導していいのかつかめない。見よう見まねで「同じようにしなければ」と思い込んだ。「きびしく叱って教育する」という形だけでは伝えたいことが伝わらない。相手との間に見えない溝ができていくのを感じた。「同じじゃなくてもいいんじゃないか? わたしらしく、人と対話をして教えていこう」。そう思った。 次のページヘ |
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