「好きなこと」を仕事にしたつもりが半年で退職。
主婦業と派遣社員の両立生活でも物足りない。
求人もない鵜匠の世界に思い切って飛び込んだ。

船乗りを仕事にしていた父の言葉から、「好きなことを仕事にしなければならない」とプレッシャーを感じてしまった。高校で絵を描くことに夢中になり、美術短大へ進学。画材店に就職するが1年足らずで辞めてしまう。自分にあった働き方を探して、「今度は仕事以外で楽しもう」と事務職に就いてみたが納得がいかない。先のことも考えないまま退職した。

澤木 万理子さん 29歳
[宇治市観光協会(宇治市)嘱託職員・鵜匠見習い]

好きなことを仕事にした父。高校で油絵に夢中になり、迷いなく美大へ進学した。

 幼いころ、図工の授業が好きで絵画教室に通ったこともあった。その一方では動物が大好きで、ペットのなかでも一番かわいがっていた手乗り文鳥にしょっちゅう話しかけていた。中学のときは「将来は獣医になりたい」と考えていた。
 船の通信士として働く父。長い航海から帰るといつも、目を輝かせながら訪れたさまざまな国の話や仕事の苦労話をおもしろおかしく話してくれる。「しけのときは大揺れやから風呂の水が半分で済むんやで」。家族が熱心に聞き入っていると、いっそううれしそうに話を続ける。若いころからあこがれていた船乗りとしてのびのびと働く父の姿を見て、「好きなことが仕事になればいいなぁ」と思った。
 高校では美術部に入部。教師をしながら作品制作もする顧問の先生に感銘を受ける。頭の中のイメージをキャンバスにぶつけ、平気で黙々と5時間は没頭していた。
 父は、進路選択の時期になると必ず「なんでその大学に行きたいの?」「どんな仕事をしたいの?」などとやたら聞いてくる。そのたび、「父のように好きなことを仕事にしなければならない」というプレッシャーをかけられているような気がした。「私が好きなのは絵だから、美術関係の大学へ進んだらいいんだよね?」。そんな思いで受験に挑み、短大の版画コースに入学した。


納得できる作品も作れない。就職先もすぐに辞めた。私生活を楽しむと決めた。

 まわりは自分よりはるかに技術レベルの高い同級生ばかり。いざ作品を作ろうにも、「何を描こう?」ととまどった。提出期限が迫ってくるあせりから妥協したものしか作れない。同級生と自分の間に情熱の差を感じながらも「版画よりも高校でやっていた油絵の方が私には合っていたのかも。だからうまくいかないんだ」と納得させた。「好きなことを仕事にする」ために、美術に関わる企業をねらって就職活動をするが全敗した。
 卒業して3カ月後、5人の小さな画材販売店に入社する。お客様から日本画などの知識を教わったり、相談を持ちかけられたり、接客は楽しい。しかし、仕事そのもの以外のストレスから1年足らずで退職した。
 そのころ父は、通信士として働ける見込みがなくなった会社を早期定年退職し、転職していた。慣れない普通のサラリーマン生活に、休日は寝ているばかり。「しんどいわ…」。イキイキと働いていた父からは想像のできなかった愚痴。「生活していくためには、好きなことを仕事として続けられるとは限らないのか…」。
 なんとなく始めた一般事務のアルバイト。「好きなことを無理に仕事と結びつけなくてもいいのかな?」。前の仕事や父の姿からそう感じていた。正社員として誘われたときは、「本当にやりたいことはいずれ見つかる。今は仕事以外を楽しもう」と割り切って、快く引き受けた。
 和気あいあいとした雰囲気の小さな職場。休日になれば映画にショッピング、年に1度は海外旅行も楽しむ。絵は趣味になった。OL生活を満喫してあっという間に3年が過ぎた。

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