接客の難しさや年上の同僚の指導。
やりたい仕事でも現実は厳しい。
それでも好きなことだから続けていける。
 好きなことは「運転」「観光」「英語」。すべてを満たす仕事に就いたが肉体的・精神的に厳しい現実を目の当たりにした。不規則で長時間に及ぶ勤務。接客の難しさや会社への責任。それでもまわりの人に支えられて着実に1歩1歩進んでいく。旅に満足してくださったお客様の笑顔と、好きなことを仕事にしている喜びは他の仕事では味わえそうもない。

田中悟
さん 
30歳 京都市在住
[MK株式会社(北区)ハイヤー部]

第一希望の会社に内定。好きな仕事にかかわる前に「流し営業」の厳しさを知った。

 幼い頃からバスなどの大きな車を自由に操る大人を見てカッコイイと思った。高校時代、友人たちと四国、遠くは福島まで夜行列車に乗って旅行をした。
 英語の成績が少し良くて、大学は国際学部を選んだ。バイト代で2つの英会話学校に通い、生の英語に触れたくて教会の日曜礼拝も参加した。
 釣り部に入って、月に2、3回は琵琶湖へ車で出かけ、運転のおもしろさを知る。都会ではめずらしくなったスズムシなどの音色を聞きながら夜釣りを楽しんだ。
 就職活動ではバス会社などを受験。第一希望のMK株式会社ハイヤー部に無事内定し、好きなことを仕事にできる喜びに胸が高鳴る。「つらいことがあっても続けることは大事だぞ」。勤めていた会社が倒産した経験を持つ父の言葉。強く印象に残った。
 最初の2年間はお客様を求めて車を走らせる「流し営業」。暮らし始めたばかりの京都の道をすぐには覚えられず、不安がつきまとう。ときには酔っ払ったお客にからまれた。1日12時間。出勤時間は昼夜を問わない。
 時間外の急な乗務を頼まれれば、「私が断ると誰かが代わりにやらないといけない」と引き受け、ノルマに足りなければ休日出勤をするのが会社に対する務めだと思った。
 入社当初、大勢でよく遊んだ新卒の同期生は67名。2年後には仕事の厳しさに半数が辞めていた。
 大学時代の夜釣りが苦ではなかったように不規則な勤務は自分に合っていると感じた。また、会社全額負担の1ヵ月のイギリス留学制度がいい目標になった。


基本的な接客もできない。いろんな出来事から、少しずつ学んでいく。

 同時にハイヤーにも乗り始め、有名人や大手企業の役員と間近で接することや、外国のお客様とのコミュニケーションの楽しさを経験した。
 入社3年目に小グループの送迎や観光に利用されるジャンボハイヤーへ配属される。観光客の多くは年配女性。童顔の田中さんを見て、「あなたが運転するの?」とでも言いたげな不安そうな顔をされる。大きな車を運転しながら会話するのに慣れず、話題も合わせづらい。お客様がこちらに合わせてくれる始末。基本的な接客の難しさに直面した。
 年輩女性グループを希望通りの料亭に案内したはずが、「イメージと違った」と嫌悪感を示されたことがあった。せっかくの旅行に悪い思い出を残してしまった。自分の経験が浅いことはお客様には関係ない。「観光の知識が足りなかった。お客様の要望をもっとしっかり聞かなければ」。
 週2、3回の会社の「夜学観光勉強会」に出席。月に10冊は本を買って勉強し、休日は嫌がる彼女と寺社仏閣巡り。翌日案内する食事場所が決まっていれば前日に下見にも行った。
 あるとき乗せた年配男性と若い女性。要望をたずねると、男性は女性の手前もあってか得意げにうろ覚えの情報で行き先を指示する。京都にない地名や進入できない場所。押し問答が続いた。「運転手さん、最悪やったな!」。ご案内の別れ際に言われた。
 数日間落ち込んだ。「そういうときはあまり話しかけずに、相手のペースに合わせたほうがいいよ」。ジャンボハイヤー経験の長い先輩が教えてくれた。「お客様の状況に合わせて対応できていなかった。どんなお客様でも満足していただかないとハイヤーと言えない。まだまだだ。もっと極めたい」。そう気持ちを切り替えた。

次のページヘ
ページ: 1 | 2
(c) 2003 WOOCA. All rights reserved.